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史跡番号9 高松古浜塩田

  • 高松古浜塩田
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古浜は元禄元年(1688)に築造されたといわれ、大正末期には、面積18.1ヘクタールの入浜式塩田が図のように沖松島をとり囲むように存在していた。当時は、年間約2,100トンの塩がつくられていたといわれる。昭和4年第二次塩業整備により、川沿いの塩田は整理された。現在の高松市斎場公園、総合体育館、下水処理場等は、これらの塩田跡地に建設されたものである。昭和28年頃から沖松島の北方に埋立地が造成されていくにしたがって、製塩に適さなくなり、昭和34年5月廃止された。

平成6年2月

「新浜塩田」の東部や南東の高松市立体育館・高松市斎場公園の付近にあったのが1688年からの「古浜塩田」です。最初の塩田は入浜式といわれ、その作業は大変な重労働でした。暑い夏にも塩田の砂の上に海水を撒き、渇いた砂を塩田の中央の升の中に集め、海水をかけ濃度の高い海水を作り、この海水を集めて釜場で煮詰めて塩をつくるのです。昭和20年代に流下式塩田が普及しますが、古浜塩田・新浜塩田ともに昭和34年に廃止され、宅地化が進みました。
なお、塩田についての資料は、復元された入浜式塩田とともに宇多津町の「産業資料館」に残されています。